スパゲッティと想像力

スパゲッティは一般的にフォークで巻いて口に運びやすくしてから食する。

口に入れた時、その仮にフォークに巻いたスパゲッティはどう綻ぶのかふと気になり想像してみる。

形状記憶力が強い金属やプラスチックのものだとこの丸めたものが勢いよく元の形に戻ろうとするが、スパゲッティにはそのような自我は持ち得ていない。綻ぶ様子を舌の上で見せることもそこまではない。ただ流れに身を任せているような気がしている。

良い茹で加減の名称として「アルデンテ」と言う言葉がある。中に少しだけ芯を残した、コシのある状態だ。このアルデンテには独特な歯触りがある。つるりとした表面から小気味良く小さく感じるプツンという感触。何かそこにクリエイティブのヒントがあるように思える。口当たりは滑らかに、少しばかりの歯応え。素敵なコンセプトだなと、思うと同時に悔しさも覚える。この間口の広さは是非とも参考にしていきたい。

スパゲッティと聞いて想像するのは、ミートソースのかかったものがほとんどではないだろうか。この点も非常に興味深い。ラーメンと聞くと醤油ラーメンと豚骨ラーメン、地域によっては味噌ラーメンも頭に浮かぶのではないか、と想像できるが、スパゲッティと聞いてカルボナーラやペペロンチーノ、ボンゴレビアンコを思い浮かべるのはあまり無いのではないだろうか。何故ならミートスパゲッティとは口にするが、カルボナーラスパゲッティとは口にしないからだろう。スパゲッティ=ミートがやはり最適解に思える。強いて言うならナポリタンが頭をよぎるが二つ並べられるとやはりミートが勝ちそうな気がする。絆創膏と言われると、市民権を得ている「バンドエイド」を連想するのも同じ原理だろうか。キズパワーパッドが思い浮かぶ方は溺愛している方々だろう。

思考をスパゲッティになぞらえて言うことにも面白みを感じる。複雑に絡まった比喩として使われるスパゲッティ側の言い分はどのようなものになるだろう。

スパゲッティコードという嫌な言葉の使われ方があったかと思えばスパゲッティ症候群という治療や処置のために複数の管を取り付けられた状態のことを言ったりとネガポジどちらにも傾倒することが出来るあたりの複雑さが既にスパゲッティと言えるだろう。

頭の中が今テーマのそれになってきたのでこの辺りで指を止めようと思う。アルデンテのようにはいかずモルビドになってしまったようだ。

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