砂から水へ -ブランディングの推察-

昔のブランディングの在り方は、砂のように思う。
固めて磨くことが出来る。その粒子一粒ずつに色々な想いがこもっている。サラサラとキレイな砂であればあるほど、磨くと光沢ともに硬度を帯びていく。
だが硬くなればなるほどに触れるのが億劫になってしまうのは気のせいだろうか。例えば、陶芸の様に焼きを入れてしまうとある意味で神格化されたように、大切に扱わないといけない「荘厳さ」さえをも兼ね備えることが出来、少し特殊な存在へと変貌を遂げてしまう。リブランディングに対してのある種の「怖さ」はここにあるだろう。

かわって、
現代のブランディングの在り方は、水のように思う。
水には三態と呼ばれる「個体、液体、気体」という状態がある。

氷のように固くすることも、水のように身を任せることも、水蒸気のように目に見えなくすることも出来る。そして各々の性質にはさらに付加出来る可能性が秘められている。

氷は純度が高ければ透き通り良質なモノになり、冷やす速度にも柔軟な態度を見せる。時間をかけて冷やされたモノは圧倒的な透明度を覗かせてくれる。
そして氷は外的要因にも敏感に反応し、叩けば当然の様に割れ、熱を加えれば溶ける。

水には軟水・硬水と分けられるように目には見えない硬度があったり、粘性や、何かを溶かした水溶性など様々な性質変化も加えることが可能だ。

粘性には時間の重力に少し逆らいを見せるインタラクションを持ち合わせている点は、私たちの時間軸さえも狂わすことが出来るように錯覚させる。

水にはさまざまなモノを溶かし混ぜ合わせることで全く別の用途としても使用することが出来る。
水は常に水平を表してくれる点も取り上げたい。どのような器に入っていても水面は水平を表す。

だがしかし、水面下では様々な形状に柔軟に対応していることは少し、オモテの顔は柔かで取り繕う「ヒト」のような一面性をも感じてしまうのは私だけだろうか。

そして液体の状態では、色の変化も著しい。無色透明の状態ではRGBのような加法混色的要素を感じるが、CMYKのように本来の減法混色的なあしらいを見せる。
色味を帯びた液体は、確実に何かしらの性質を帯びていることが手に取る様にわかるという気付きは当たり前すぎて気にも留められないが、とても大切な情報である。

固めたものが、外からの熱烈さに耐えかねて本来あるべき姿からエッジを無くし溶けてそれにより現れた液体は、さらに気体へと揮発し、それはSNSの拡散性の流れを思わせる。
読解力が伴わない誤った拡散が多いのはその喩えが当てはまるように思えてならない。

そして三態にはもう一つ「第四の状態」が存在する。それは気体が高度にイオン化した状態、
「プラズマ」である。

プラズマは、気体を分解し、そこからさらに分解した不安定な状態のことをいう。この状態を現代社会に置き換えるとインターネットミームだろうか。
本来あるべきところから離脱して、自由(過ぎる様)に動ける状態になった我々は、どのように世に働きかけるのか。

現代のブランディングを水に例えて書いてみたが、書き殴った勢いのまま載せてみる。
書いてみた経緯は、IN FOCUSの代表・井口さんとブランディングの話をしてた時にポロっと自分の口から出た「砂と水」というキーワードをもっと自分の中で掘り下げてみたかったからだ。

現代のブランディング観と題してみたが、まだ言い表せていないことがごまんとある様に思う。
特に砂に関しては特に言及出来ていない。
これらに関しては、このブログのタイトルのとおり、リベラルにログを残していこう。

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